コラム

【ウェビナーレポート】遊休農地を問い直す ~“役に立つ価値”から“意味のある価値”へ~

2026年8月25日に放送したウェビナーのダイジェスト。淡路島の遊休農地再生を通じた地域活性化の事例を紹介。教育と地域の未来を考える新しいアプローチに迫ります。

「開墾しますが、収穫体験はしません」。自治体の窓口でそう説明したとき、返ってきたのは「それが何の役に立つんですか?」でした。

淡路島の遊休農地・荒廃農地を舞台に、約6haのフィールドで年間約6,000名を全国から受け入れる「タネノチカラ」。プロジェクト発足から8年、その事業価値は収穫物ではなく開墾するプロセスそのものにあります。前例のない取り組みが、なぜ地域に受け入れられ、他自治体からの相談につながったのか。7年間通い続ける高校の事例とともに整理します。

登壇者

メインスピーカー 金子 大輔
株式会社パソナ農援隊 農ある暮らしユニット ユニット長/タネノチカラ代表発起人。1989年神奈川県藤沢市生まれ。早稲田大学教育学部卒。2014年パソナ入社、人材紹介事業の立ち上げリーダー・経営企画を経て、2018年に共創型ファームビレッジ『Seedbed』を構想し社内ベンチャーとして創業。
ファシリテーター 奥田 悠美
株式会社パソナ農援隊 農ある暮らしユニット/タネノチカラ発起人。コンサルティングファームでエンジニア・人事を経験後、2012年パソナ入社。人材紹介営業、エンジニア向けイベントの企画運営を経て、2018年に淡路島へ移住し立ち上げから参画。
ゲスト 宇渡 智之 氏
学校法人興國学園 興國高等学校 国語科教諭/全学年主任統括 兼 第3学年主任。1979年大阪府生まれ、教職25年目。2017年にアカデミアコース設置を推進し、2019年に淡路島Seedbedを舞台とした探究型宿泊研修を導入。

1. 前提整理:遊休農地・耕作放棄地・荒廃農地の違い

研修事業の立ち上げのため、淡路島現地に立った当初、2人は「どこが遊休農地なのか判別できなかった」といいます。耕作されているのかいないのか、東京で資料を見ているだけでは分からない。この体感が事業設計の原点になりました。

用語 定義
遊休農地 農地法に基づき、耕作されていないと行政が判断した農地
耕作放棄地 「今後耕作する予定がない」と地権者自身が申告した農地
荒廃農地 耕作されておらず、かつ再生利用が困難な状態を含むもの

数字で見る日本の農地

指標 数値
農地面積のピーク(1961年) 約 609万ha
現在の農地面積(2025年) 約 424万ha = 九州7県とほぼ同じ
失われた面積 約 185万ha = 四国4県とほぼ同じ
荒廃農地面積(2024年3月末) 約 25.7万ha(農地全体の約6%)
うち再生利用が可能なもの 約 9.4万ha(残る約6割は再生困難)
毎年新たに発生する荒廃農地 年 2.5万ha

いま残る農地はおよそ九州1つ分。かつてはそこに四国1つ分が上乗せされていました。そして荒廃農地は毎年2.5万haずつ増え、その6割はすでに元へ戻せない段階にあります。

出典:農林水産省「令和7年耕地面積(7月15日現在)」「令和6年度 食料・農業・農村白書」/国土地理院「都道府県別面積」

2.「自然に還せばいい」で済まない理由

失われた185万haには宅地・工業用地への転用も含まれます。ただし今後、荒廃農地が横ばいで済むとは考えにくい。その多くが中山間地に集中しているためです。

構造は明快です。高齢化、後継者不足、そして平地の大規模農業に比べ管理コストが大きいこと。市場価格は変わりませんから、コスト差はそのまま利益の差になります。

では自然に還してよいのか。金子はそう単純ではないと指摘します。

  • 中山間地の土壌と生態系は、平地の安全(水害・土砂崩れの抑制)と、水・ミネラルの供給を担っている
  • 化学肥料と農薬による慣行農法が主流の現在、その恩恵は日常では見えにくい
  • いま平地で安心して暮らせているのは、中山間地をぎりぎりで維持している農家がいるから
  • その担い手の平均年齢は67.7歳、70歳以上が半数を超える。健康寿命を踏まえれば、5〜10年以内に維持困難となる地域が出てくる

合理性と生産性だけで測れば、そこに投資はできません。太陽光への転換も一つの選択肢であり、それ自体を否定はしない。ただ、もっと多くの人が関わりながら価値を出す方法はないのか。この問いへの回答が、次の事業モデルです。

※農業従事者数・平均年齢は農林水産省「2025年農林業センサス(概数値)」(個人経営体の基幹的農業従事者)による。

3. 解法:「再生させるプロセス」を商品にする

タネノチカラは、開墾のプロセス自体を教育・研修コンテンツとして提供しています。特徴は手法です。重機を使えば早い。しかし参加者に渡すのはのこぎりと鎌だけ。藪化した斜面に人の手で分け入ります。

対象 提供している価値
企業研修 SDGs・ESGを机上で終わらせず、荒廃のコスト・労力・担い手の実態を当事者視点で体験
教育旅行/探究学習 正解のない課題にチームで向き合う場。宿泊を伴う滞在型プログラム
地域・自治体 遊休農地の物理的な再生と、域外からの継続的な来訪者(関係人口)の同時創出

淡路島のフィールドは総面積約6ha。研修プログラムの受講者は年間約6,000名にのぼります。

キーワードは「アタリマエを問い直す」。土地に堆積した歴史・文化・住民の想いを文脈として引き継いだうえで、その場所が人にとっても、あらゆる生きものにとっても、どう豊かになりうるかを考える。それを事業にしています。

4. 実証事例:興國高等学校との7年間

何もない遊休地に「一緒にやらせてください」

2019年当時、まだ事業とは呼べない段階でした。開墾しても収益は生まれず、価値の説明もできない。そこへ視察に訪れたのが宇渡先生です。ただの遊休地を前にした構想に、返ってきたのは「ぜひ一緒にやらせてください」でした。

遊休農地だったからこそ「面白そうやん」と思った。(宇渡氏)

伐採で力を発揮する生徒、調理で輝く生徒、記録映像を担う生徒。一人ひとりが別々の形で輝ける要素がフィールドに散りばめられていた、というのが導入理由でした。初年度は2日連続で実施し、初日夜に宿でチーム別の振り返りを行ったうえで2日目に臨んでいます。

7年で生まれた広がり

展開 内容
SDGs探究部の発足 淡路島で学んだことを大阪市天王寺区の校舎バルコニーで再現する「逆輸入実験」から誕生。以後、毎月のフィールドワークが継続
進路への接続 農学部志望、総合型選抜での探究成果プレゼンなど、キャリア形成に波及
毎年更新されるテーマ 竪穴式住居の建築と火起こしに取り組む「縄文プログラム」、暮らしを支えるインフラをゼロから作る探究学習など

教員25年目の視点:「役に立つ価値」の限界

「こんな古典を勉強して何の役に立つの」という生徒の問いは、実は核心を突いている。(宇渡氏)

かつては「こう役立つ」と説得していたが、今は違うと言います。火を起こしたから「火はなぜ起きるのか」を調べる。住居を建てたから「構造とは何か」に興味が向く。先に経験があれば、知識は後から取りに行く。

「60年後に土がなくなる」という話から、いま世界のどこかで起きている紛争へ。教室の授業と現実社会が、生徒の中でつながり始めます。

そして同校は、1926年の創立から今年で100周年を迎えました。

ここまでの100年に歴史も伝統もある。でも、ここから先がもっと面白い。(宇渡氏)

5. 自治体の皆様へ:前例のないことに、どう踏み出すか

私たちも「何の役に立つんですか」と問われました

タネノチカラのスタート時、フィールド探しで最も難航したのが、自治体との対話でした。農業生産をする担い手であれば話は早い。しかし開墾のプロセスを教育コンテンツにするという前例が、どこにもなかった。

これは自治体の姿勢の問題ではありません。税金を預かる以上、前例のないものに予算と人員を割けない。その制約は十分に理解できます。

何が風向きを変えたか

外部から人が集まり、遊休農地が実際に再生され、地域住民・参加者・事業者の三方が成立している状態が見えてきたとき、状況が変わりました。

「こっちも空いてますけど」というお声がけが、急に増えました。(金子)

現在は淡路島以外の自治体からも、教育に限らず「地域のコミュニティの場をつくれないか」といった相談が寄せられています。

遊休農地活用を「意味のある価値」に転換する4つの視点

視点 内容
意味は自動では付かない 人が関わるほど文脈化され、文脈が積み上がるほど意味が生まれる
意味はそのまま付加価値になる 積み上がった文脈は「その場所でしか作れないもの」となり、他地域との差別化が自然に成立する
効果は農業分野に留まらない 教育、観光、宿泊、交通など周辺産業の経済循環に波及する
域外の第三者が鍵になる 自治体と企業だけで進めると住民が置き去りになる。域外からの継続的な参加者が、実績と関係人口を同時に生む

「おもろそうやん」を消さない

新しいことを始めれば、必ず課題もリスクもコストも出てきます。宇渡先生が示したのは、判断の順序でした。

課題が出てきた → やめておくか ではなく、課題が出てきた → どうすれば解決できるか。リスクはどうマネジメントするか。予算はどう削るか。ただし安全は絶対に確保する。

奥田はこう受けます。自治体単体で新しいことを始めるのは難しい。しかし近隣の地域住民も、少し離れた都市部の学校や企業も、同じように「何か新しいことをしたい」と思っている。だからまず、自治体が声を上げてほしい。人が集まること自体が、その場所に価値を付与し始めます。

補足:土地の「意味」を可視化するという発想

海外には、健全な生態系の指標となる植物が一定数以上自生している農地を評価し、助成の対象とする仕組みがあります。

日本の農地評価は基本的に10a当たりの面積単価です。しかし現場では、前年まで慣行農法を強く行っていた土地、長年放置された土地、レンゲやマメ科が繁茂する土地で、その価値はまったく異なります。にもかかわらず、その差を可視化できている自治体はありません。

「こういう価値のある土地が、こういう形で残っている」を可視化できれば、その文脈に惹きつけられる人材は相当数いるはずです。(金子)

ご相談ください

遊休農地の活用に限らず、パソナグループは淡路島での実践をはじめとする多様な地方創生ソリューションをご用意しています。

  • 遊休農地・耕作放棄地を抱えているが、担い手も活用策も見つからない
  • 関係人口を増やしたいが、単発イベントで終わってしまう
  • 教育旅行・企業研修の受け入れ地としてのポテンシャルを探りたい
  • 「新しいことをしなければならない」と感じているが、企画が固まっていない

構想が固まっていない段階で構いませんので、まずは一度ご相談ください。

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